結局のところ、犠牲とは何ぞやと
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セクター-8091に備え付けられたカフェテラス。
人一人いないその中に座り込み、何かを探す奇抜な衣装の女、後醍醐勾の隣に黒い白衣の男が腰かける。

「さて、隣いいかな、後醍醐」
「うん☆ 大丈夫だよ☆」

男、大和・フォン・ビスマルクはやれやれといったように頭を振ると、あくせく動き回る後醍醐を余所に懐から煙草を取り出した。

「君、煙は大丈夫だったかな?」
「聞く前に吸うんでしょ☆ そーいうとこ駄目だよね、貴方は☆」
「はは、まあそう言うな」

禁煙と貼り付けられたチラシは一つの隅を鋲で押さえつけられ、プラプラと揺れている。
おそらくは相当量の光が入るだろう窓は厚いシャッターに閉ざされ、心許なく蛍光灯が瞬いている。

「では、準備は整った。そして本当に私だけしか向かえる人間はいないのか?」
「うん! 大丈夫だよ☆ そして貴方しかいない!」
「…はあ、仕方あるまい。私はどうでもいいんだがね。…それにしても、まったくもって皮肉だとは思わないか、後醍醐」

後醍醐の様子を見もせず大和は胸元を探りながら誰に言うでもないというように呟いた。

「生き残るべきではない私たちのみが対応できる可能性があるというこの事実は」
「そーいうこと言わないの☆ それに貴方は死んでるじゃない☆」
「あー、何回死んだかな、っと、ライターある?」
「もう、禁煙でしょ? 殺しちゃうよ?」

軽妙なやり取り。あまりにも不釣り合いなその場所。
パニックの跡地という言葉がふさわしく見えるその荒れたカフェテラス。
その中で扉のロックを弄り、配管を見る後醍醐。胸元を探り続ける大和。

「お互い様だ、で、マッチでもいいんだが?」

その表情は、どちらも笑っていた。片方は楽しげに、もう片方は皮肉気に。


セクター-8091から離れた特殊収容違反事例臨時司令部。周囲を海と山林に囲まれたセクター-8091がモニタに映る。
煌々と灯るモニタの明かりと白色灯は、何処かやつれた優男の顔に影を落としていた。
優男、セクター-8091管理官、徳川は疲れ果て、それでもその役目を果たさんと傍らの研究員へ声をかける。

「…内部はどうなっている?」
「分かりません、監視機能はほとんど破壊され、巻き込まれたとみられる研究者、エージェントとの通信もすでに断絶しています」
「個人回線は」
「ダメです、応答は帰ってきていません。施設内専用デバイスの独自回線も破壊されたようですね」

応える研究員の言葉を代弁するように、起動していたカメラがまた一台、緑色の何かを一瞬映したと思った瞬間断絶した。
それを見届け、目頭を押さえながら徳川は別の研究員へ声をかける。

「…Aセクションの被害は?」
「確認できただけで約3割の人員が死亡。多くはDクラスの被害だというのが幸運と言えば幸運というくらいでしょう」
「…だとしても被害は甚大だ。…これに関しては誰も責められんが、いや、責める相手はもういないのだな。オブジェクトは?」
「Aセクションに存在したオブジェクトは一部回収、それだけあのSCiPの動き及び影響が甚大だったということですが」

セクター-8091で発生した収容違反。気づいた段階で既に抑えの効かなくなっていた事態。
それへ徳川が示した対応は、セクターの該当地区を封鎖するという判断だった。

…大和博士を中心とする研究者、エージェント・後醍醐姉弟を中心とする職員らをその封鎖内に残したまま。
それが意味することを徳川は理解している。だが、それをしなければより多くの犠牲が必要になる。
セクターを封じる機構は、収容オブジェクトを保護するために、戦車砲程度なら耐えきれる。セクション外への移動は考え難い。

「…残った人員は」
「生存しているとして約30人程。あれの異常性から考えて放棄せざるを得ないでしょう。…言いたくはありませんが、尊い犠牲です」
「…まったく、私たちが向き合っているものは」
「言っても仕方がありません。部隊は既に招集し、あとは突入を待つまでです。…早急に、無力化を目指さなければ」

自分よりも年若い研究員の言葉に徳川は頷く。
その言葉の皮肉さで、自らを冷静にしようと努めながら。

「ああ、そうだ。…有能な人間を失うことが尊い犠牲、…聞こえのいい言葉だな」


徳川が非情であり、最善の結論を咀嚼していたその時。
大和は人気のなくなったセクター-8091、セクションAの廊下を駆けていた。
セクションAは、セクター-8091でも部屋数の多いセクションであり、廊下は細く、入り組んでいる。
その体系故かどうしても遅れがちになる大和を後醍醐が通信越しに急かす。

「…運動は向いていないんだよなあ。君たちは何も考えず走れるかも知らんが、私の頭には経験だのなんだのが詰まっていてね」
『はいはーい☆ そんなこと言わずに走る走る! そーいえば、外はどうなってると思う?』
「さあ、どうせ今頃彼らの事だ、私たちを切り捨てているのだろうな。さて、君の兄弟はどうしているんだい?」
『通信はできてるよ、でも部屋の外にしゅわしゅわがいて出れないって☆ で、外との通信は切れてる。生きてるのは内部、それもセクション内の通信くらい。独自回線の通信機か通信局が壊れちゃってるみたいだね☆』

耳に装着した骨電動式の通信機から聞こえる声に大和ははあ、とため息を吐く。
どうやら対象には明確な知性が存在しているようだ。もしや外側から切っている可能性もあるが。
今のところは厄介なものを壊す程度に留まっているが…、そんなことを呟きながら大和はどたどたと走る。

「はあ、やっぱり私たちしか動けないわけだ。面倒だなあ」
『はいはーい☆ そんなこと言わずに☆』
「…前から思ってたが、何だって頭にジャガイモの詰まったような面倒な喋り方をするんだ君は、いつだったかの作戦時はまともに話してただろ」
『だって☆ 前怒られちゃったんだもーん、たくさん言われるとコウちゃんもつかれちゃーう☆』

息を切らし、腹を揺らし大和は笑う。

「カナヘビかアンドリュー、神山辺りか? そうかい、アイドルも難儀だな。私の知ってる君はもうちょっと簡単だったが」
『コウちゃんの何を知ってるのかなー☆』
「何も知らないさ、そういう事にしておいた方が長生きできる」

クツクツと嗤う大和の視線が何かに向けられる。その動きを後醍醐は察知し、ルート指示を変更した。
行先にはそれの残滓が残っている。彼女たちが探す屋内貯水場にはまだ遠い。

「そろそろ来そうだぞ。まったく、どれほどの知能があるんだか。いまどきパニック映画は流行らないと思わないか?」
『ここに来るまでにたっくさん飲み込んできてるからね☆』
「まあ、今取れる方法も半分賭けだが。…あれが上手くいけばいいんだがな」
『ダメだった場合は?』
「まあ、籠城戦だ。その前に死ねたらいいな、尊い犠牲とやらになれるぞ?」

イヤホンの向こうからケタケタと嗤うような声が聞こえる。

「…報告書は確認したな? 私だからできる作戦だというから請け合ったんだ。報酬は弾んでもらうぞ?」
『何がほしーのかな? あ、殺してあげようか♡』
「…うーむ、魅力的かつ反吐が出そうだな」


徳川は結論を下し、思考を事態収拾へと移行させる。

「報告書は」
「電子デバイスに。確認をお願いします、管理官」

手元の電子デバイスを操作し、その報告書を確認する徳川。
しかし、そこに書かれた情報は、収容違反以前の物であり、現在の打開には繋がらない。
忌々しげに添付された写真を眺め、危うく舌打ちしそうになる自分を徳川は抑え込み、代わりに研究者らに問うた。

「…やはり、確認できていた特異性とは全く違うな。検査結果はそろそろか? 一刻も早く封じ込めねばならない」
「はい、ですが、報告書に書かれている以上の結果は上がっていません」
「…このままでは大規模収容違反に繋がる可能性もある」

改めて添付された写真を眺める徳川。しかし、そこに写された緑の液体は答えを返してくれるはずもない。

「はい、理事会からも早急な対策を、と全国のサイトに向け通達が」
「封鎖からおよそ32分、…その特性上、オブジェクトの知性が一時的、あるいは限定的な物であればいいが」

オブジェクトの知性はその数の増加と共に上昇していると推測されていた。そうなれば時間も危うい。
どこか憔悴した雰囲気が司令部の中に伝わった。それは絶望であったかもしれない。
この場の何人かはセクター-8091で働いていた人間であったことを徳川は思い出していた。

「全員、冷静に。最悪の場合、知性を持つと考えられるSCP-140-JPはあのシェルターをも突破するだろう。我々はそうならないように最善の努力を続けなければならない」

SCP-140-JP、粉末状のそれを溶かした水溶液を目視した場合、強い希求性を覚えさせるオブジェクト。
引用したが最後、異常な食欲を覚え、最終的には水アレルギーと同等の症状を引き起こすそのオブジェクトは、本来ならそれだけの代物だった。

そう、実験140-JP-20を行う以前は。ほんの1時間ほど前までは。

現状、SCP-140-JPは、人を取り込むことで知性を持った人型オブジェクトへと変化していた。
目視した者は取り込まれることに対する非常に強い希求性を覚え、また、SCP-140-JPも人を優先的に捜索し、襲うような行動を見せている。

それら全てを引き起こしたのは、たった一杯の炭酸水。
徳川はその事実に改めてこの世界の歪さを呪った。そして、財団の理念をも

最悪の場合はセクションそのものを放棄することをも徳川は考えている。
おそらくは乾燥させることでオブジェクトの無力化は図れる。もちろん、液体を強制的に蒸発させるほどの乾燥。
人間は生き残れまい。現状で内部に生き残ってはいないだろう。そして生き残っていたとしても仕方がないと徳川は納得していた。

「…尊い犠牲、ああ、それだけで済めばいい、人類の為を考えればな」


「そういや先程、尊い犠牲、と言ったがね。君はどう思う?」
『うふふ☆ あとで教えてあげるよ☆ …ん、ちょっと待っててねー♡』

目的地にたどり着き、目当ての物を発見した大和はそれが十分足りるものだと判断した。
その一方で、何やら作業を行っている後醍醐へ通信機越しに声をかける。

「っと、おや、どうした?」
『ん☆ 鏡ちゃんの方も危ないって☆ あのしゅわしゅわ』
「だろうなあ、あー…、逃げている間に時計を落としてしまった。高い時計だったのに、賠償は君に請求するぞ」
『もー、仕方がないな☆ で、どれくらい経ったの?』
「まあ、三十分くらいか。その間に呑まれた人間はざっと…、考えるだけ無駄だな」

やれやれと肩をすくめる大和。よく見るとその白衣は緑の液体に濡れている。

「幸いなのは、飛沫だけでは影響はないということか。お気に入りの白衣だったのに汚れてしまった」
『黒いのに白衣っておっかっしいねえ☆』
「ははは、まあ、医者の着る服じゃあないからな」
『貴方を閉じ込める服だもんねー?』

軽口のように意味深な言葉を吐く後醍醐。
意外そうな顔で大和がそれに答えた。

「何だ、知ってたのか」
『え、ホントにそうだったのー? コウちゃん言ってみただけなのに☆』
「嘘を吐くなよ、舌を抜かれるぞ」
『こっわーい☆ で、あのしゅわちゃんが人間を判別する基準は分かった?』

おどける様な後醍醐からは、何かしらを準備しているような打鍵音。

「ああ、おそらくは聴覚だな、視覚は弱いようだ」
『それは』
「生憎、何とか一度も遭遇せずに済んだのでね」

参ったかと言うように笑う大和の背後で、水音が響いている。

『りょーかい☆ なら鏡クンや剣クンに手伝ってもらえばイケるね☆』
「ところで、半ば恐慌状態にある彼らを動かせるのか? たとえ君の御兄弟が…」
『もー、コウを誰だと思ってるの? ドクター☆』
「あー、そうだった、愚問だったな、アイドル」


『こちら、エージェント・後醍醐勾。現在Aセクション内で生存している全職員に連絡を行います』

『現在、SCP-140-JPが収容違反を起こし、セクション内を移動しています』

『再収容の為、大和・フォン・ビスマルク博士の指揮下に置いて、作戦内容を公開します』

『現在生存している職員は参加を義務付けます、負傷等によって参加できない職員はメッセージを送付してください』

『通信は以上です。これから各自の電子デバイスに作戦内容が通達されます。決行時刻は今から十分後とします』

『…ここからはオフレコだよ☆ ねえ、みんな怖いのは知ってる、嫌なのは分かる☆』

『当たり前だよね☆ 普通の人ならこわがって逃げちゃう中、ここまで残ってたみんなはえらい!』

『だから、世界の為にみーんな尊い犠牲になっちゃう☆ それはカッコいいよね!』

『…でも、みんなこのまま『尊い犠牲』でいいのかな?』

『財団は個より全を優先する☆ 異常を隠すために、多くの犠牲を必要って言う☆』

『それは仕方がない事だと思うよ☆ ちっさいのよりおっきいのをとるのはね☆』

『…だからって、自分から尊い犠牲になる必要はないってコウは思うなー☆』 

『だって、みんなは今生きてる、みんなは今笑える、戦える♡』

『…ねえ、生き残りたくはない? …尊い犠牲だなんて言わせないようにはしたくない?』

『コウはね、大っ嫌いだ、尊い犠牲なんて言葉』


「お見事、君の言葉で彼らは命を懸けて動いてくれている。さて、話を戻せば、だ」
『あのしゅわしゅわに巻き込まれなければいいんでしょ?』
「そうだな、アレは人を取り込み人型実体を構成する」
『しかも、見ちゃうとそれに近寄りたくなる☆』

何回か飲み込まれた記憶を思い返しながら、大和は準備を終えた後醍醐に指示を出す。
後醍醐はそれに応え、生き残った職員たちへ指示を飛ばし、大和はまた胸元を探り煙草を取り出した。

背後には巨大な貯水槽、そして上部に吊り下げられた一つの鍋。
貯水槽の水は徐々に抜かれ、鍋から流れ出る熱湯は量を減らしていく。立ちくらみを覚え、大和は笑う。

「まあ、中の人間は考えるだけ無駄だろうから諦めるとして、だ」
『そして、それに対抗する手段としてはー?』
「まあ、そうだな。ご都合主義の極みと言う奴だ」

鍋、外洋における実験の為、特別に移送されていたSCP-202-JPは徐々にその内部の水量を減らしていく。
周囲に設置された貯水タンクは大和により破壊され、プールの水は後醍醐の遠隔操作で排水された。
そして、生存した職員と後醍醐の誘導により、SCP-140-JPはこのプールへ誘導されていく。

『コウちゃん難しいことわっかんないけど☆』
「まあ、最悪奴らを全滅させることくらいはできる。逃がすなよ、後醍醐」

大和の血の気が引いていく。全身から何かを抜き取られる感覚。
そして自分に引き寄せられた緑色の人型が、侵入と同時に倒れ伏すのを見ながら。
大和・フォン・ビスマルクは確かに笑っていた。

「私たちは、尊い犠牲かね?」
『違うよ、絶対に。それだけは私が保証する』
「私たちが、の間違いだな」

耳元から聞こえる笑いと、自分の喉から漏れる笑いが同調していることに気づきながら。

『私たちは』
「生きている限り終わりはないんだ」


徳川がセクター-8091の放棄に対する承認を待っていたその時、モニタを見ていた一人が声を上げる。

「シャッターが、開きます!」

その声に苦虫を噛み潰したような思いで徳川がモニタをのぞき込む。確かに、シャッターが重い音を立てて開いていく。
待機していた機動部隊が臨戦態勢に入った。判断が遅すぎたか、我々は失敗したのか、そんな絶望感が指令室を覆っていた。

「…は」

直後、徳川は絶句した。
そこに映っていたのは、彼が尊い犠牲と切り捨てた人々の姿。
SCP-140-JPの姿は確認されない。直後、生存者の一人から通信が入り、SCP-140-JPの無力化成功が知らされる。
あまりにもあっけないその終わりに、徳川はしばし放心し。

「…彼らに救護部隊を!」

その指示を出す徳川の脳内には、尊い犠牲の一文字だけがあった。
簡単な言葉だった。そしてあまりにも軽率な言葉だった。


セクター-8091に備え付けられたカフェテラス。
人でごった返すその中に座り込み、パフェをほおばる奇抜な衣装の女、後醍醐勾の隣に黒い白衣の男が腰かける。

「さて、隣いいかな、後醍醐」
「うん☆ 大丈夫だよ☆」

男、大和・フォン・ビスマルクはやれやれといったように頭を振ると、ウエハースをかじる後醍醐を余所に懐から煙草を取り出した。

「君、煙は大丈夫だったかな?」
「聞く前に吸うんでしょ☆ そーいうとこ駄目だよね、貴方は☆」
「はは、まあそう言うな」

禁煙と貼り付けられたチラシを後醍醐は指さし、大和は名残惜し気に煙草をしまうとトレーの上のカツサンドを頬張った。

「まあお互い生き残って何よりだったな」
「ホント―に☆」
「御兄弟は?」
「うん☆ 結構大変だったらしくってね♡」

返答なのかよく分からないその返しに大和は頷き、またカツサンドを口にする。

「これで失敗していたら君と心中だったわけだ、笑えるな」
「やだよー♡」
「まあ、そう言うなよ。相手が君じゃなければ役得とも言えるんだが」

カツサンドを汚らしく咀嚼する大和を横目に、後醍醐はパフェを食べきり底に残ったクリームを掬っていた。

「それにしてもまあ、こんなことを思いついて実行したな。あの状況なら強制乾燥で我々の干物が完成するだろうと思っていたが」
「だって残ったみんなが嫌だって顔してたもん☆」
「君のせいで私まで面倒を被ったよ」

しばらく沈黙が続き、大和はふと問いかける。

「追悼スピーチは聞いたかね?」
「『人は一度は間違いを犯す生き物だ。二度目は絶対に起こしてはならない』って?」
「ああ。私たちには関係のない事だな、後醍醐。一回目も二回目もない。我々は尊い犠牲にはなれないんだ」

含みを持たせた大和の問いに、最後の一掬いを口の中へ放りこむと後醍醐の瞳は笑っていた。
何処までも済んだその瞳はどこまでも底が見えなかった。
大和はそれに対し笑い返す。深く澄んだ後醍醐とはまた違う深淵を魅せながら。

「さーねー☆」
「君は積極的にはぐらかすなあ。…っと、ライター持ってる?」

そう言いながら煙草を取り出した大和の頭を、後醍醐がパフェの容器で殴りつける。
大和の頭が陥没し、脳漿が飛び散り、血がカフェテラスを汚す。
その紅を見ながら、後醍醐は笑っていた。

「殺すって言ったでしょ? ここは禁煙だし、そういうことにしなくちゃいけないから☆」

そして、流れ出る紅に塗れながら、大和も笑っていた。

「ところで後醍醐、聞きたいことがある。君は死にたいか?」
「うーん、みんなが望むなら☆」
「…成程ねえ、尊い犠牲、というやつになりたいわけか」

大和の言葉に後醍醐は首を振る。

「違うよ☆ 尊い犠牲になるほど人は弱くない☆ そうやって簡単に理由を付けて屈してちゃ笑えない☆」
「はは、これは一本取られた」
「言ったでしょ? コウは嫌いなんだ、大きいものが言う尊い犠牲ってのが♡」

後醍醐の言葉に大和は皮肉気な笑みを浮かべる。
そして、彼が発する言葉は今までのそれとは違い、妙な重圧を伴って。

「知っていたさ、そして一つ嘘を指摘しよう、アイドル」
「何かな、ドクター☆」
「お前、そして私はな、尊い犠牲が嫌いなんじゃない、尊い犠牲になれないんだ」
「…財団が求めてるのに?」
「世界が求めてるのに」

大和も、後醍醐も笑っている。

「気づいているのだろう? 知っているのだろう? アイドル」
「気づいてる、知ってる、だからどうだって言うの? ドクター」
「つまりは、似たもの同士というわけだ、モンスター」
「うふふ☆ そうかもね、モンスター☆」

二人の笑い声が、セクター内へ響いていく。

「ああ、お互い様だ。…で、マッチ無い?」

二人は笑っていた。それは救われない光景だった。だが、少なくとも二人は笑っていた。
そこに犠牲は無く、そこに救済は無く、ただ、ただ、ただ、笑い声が響いていた。

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