普通の職員はいないのか?
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執務室の静寂を、内線電話の呼び出し音が搔き消した。

「失礼致します。奥田博士がいらっしゃっていますが、いかが致しましょう」

錆びれた腕で万年筆を走らせるのを止め、思わず溜息を一つ吐いた。

「また彼か……あー、構わない。通してやってくれ」

スピーカー越しに「承知致しました」と聞こえて十数秒もせず、ヨレヨレで黒いシミだらけの白衣を着た博士がやってきた。内心うんざりしつつも、今月で5回目のやり取りを始める。

「管理官、お願いです! 私の配属先を代えてください!」

「落ち着いてくれ。今の配属先にどんな問題があるというんだ」

「今さら何を言っているんですか! 私の周りがヘンテコな連中ばかりだというのはご存じでしょう!」

この台詞も何回目だろう。

「あー……そういった発言はあまり褒められたものではないな、博士。それに、性格や見た目に多少の問題があったとしても、彼らが財団職員として如何に優れた存在であるか、君だって分かっているはずだ」

「多少の問題!? どこがですか! あんなの、そこいらのオブジェクトと大差ない! あの姿、あの動き、あの話し方、何から何まで完全に!」

博士は早口に捲し立て続ける。まったく、騒がしいタコ野郎だ。

「君の言い分は分かったから、もう少し静かにしてくれ。頭の中に響いて堪らない。はぁ……」

もはや隠す気もなく溜息を洩らしながら、手元の人事ファイルをめくる。

「現在、空席がある配属先は……これくらいか」

そう言って博士にファイルを差し出す。ああ……その顔。やはり、お気に召さないか。

虎屋博士!? 諸知博士!? 何かの悪ふざけですか!! 虎屋氏なら、まだ見た目の方はともかく、諸知氏に至っては完全に問題があるでしょう!!」

「いや……しかしだな。どちらも研究者としては申し分ない上、まだ――」

「いやいやいや! もっとちゃんとした普通の研究者がいるじゃないですか! ああ、なんで私の配属先は、いっつもいっつもヘンテコな化け物たちと相席になってしま……うげっ」

博士は全て言い終わらぬ間に、床へと自らの八肢を打ち付けた。

「あー……またか」

「差し出がましい真似を申し訳ありません」

「いや、別にいいんだ。天見君、悪いがついでに博士を連れていってくれ」

「はい、分かりました」

フードを被った職員は慣れた手つきで、もがく博士を引き摺っていく。

「お願いです! もう二足歩行のサルみたい連中と働くのは嫌なんです! だから、左衛門三郎英理座辺栖女史や神宮寺綴博士みたいな、普通の職員のもとでの研究を……あ、おい! 止めろ!! 吸盤に触るな! おい! 聞いてんのか、この目ン玉やろ……いてててて!」

「はぁ……まったく」

無事に静寂を取り戻した執務室に、ようやく安堵の溜息が洩れた。ただ、引き摺られた博士が残していった粘液が……まあ、また補助員に任せることにしよう。そう独り言ち、ワイヤーで結え付けた鉄屑の腕を内線電話へと伸ばした。

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