図式変動
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シスター・レガーテ・トラニオンは、レギュレーター整備室25bでのミーティングを準備していた。規格化されたばかりの彼女の耳は、産業大聖堂の喧噪の中でも問題なく聞こえるが、彼女への訪問者のことはよく分からなかった。いずれにせよ、手元の仕事に集中せざるを得なかった。。したがって、一時的に停止していた25bは比較的静かである。二つの真鍮の球の、レギュレーターも下に座っていても、訪問者が気にしたのかどうか分からなかった。あるいは、気付いていたかもしれない。彼女が置かれた書類を完璧な角度に再び正したあと、規格化された喉が彼女の会話の流暢さを取りながら静かにカチカチ音を刻んだ。

「もしよろしければ、始められますが、ミスター… チェイス」

チェイスは何も言わなかった。会議が始まってから、彼は何も言わず、ただ湿った、刺激的な匂いを放つ汚れた灰色の名刺を彼女に渡した。そこには3つの言葉が書かれていた。

ファクトリーTHE FACTORY
チェイスCHASE

彼の顔は壊れ、腐食した鉄と流れ出る化学薬品でボロボロになっていた。それは、ギザギザの陶歯の並んだ口元を歪ませて、生きた蒸気タービンを通過する緩んだボルトのような声で話した。

「歯車仕掛正教は何を望みますか、シスター・トラニオン?」

彼女は躊躇した。顔は十分悪かった。十分壊れていた。声はもっと酷かった。他のファクトリーの担当者は、そこまで不快な顔をしていなかった。暴言を吐かないようにするのには、相当な努力が必要だった。 彼女は、彼が自分のレガーテ肩書きの後半と呼ばなかったことに、少し慰めを見出した。彼女の正教内での役割を部分的に知るだけで、彼はもっと有益な情報を漏らす気になるだろう。

「我々はいくつかの…懸念を抱いています。その…」

「定数伝達ですか?何が問題なんですか?」

彼女は、きちんとタイプライターで書かれた書類に目を落とすと、25bを照らす放電灯の放射線の光に照らされ、はっきりとした黒のインクが鮮明に浮かび上がる。生産量は増えていた、賞賛に値する。規格化は、まるで、神の乗り物であった、産業の強大で荒れ狂う山車ジャガーノートが如く押し寄せてきた。だが…まあ、それが彼女がここにいる理由でもあった。

「トランスミッションの性能は目を見張るものがあることを前置きします。現在は予定よりかなり早く進んでおり、総主教は、規格化が年内にマクスウェライト1の異端を打ち破ると確信しています。」

チェイスは前屈みになり、指の不揃いな手をテーブルの上に置いた。真鍮に触れた場所から虹色のシミが広がり、トラニオンの中核を揺さぶった。

「何か隠していますね、シスター・トラニオン。さあ、言ってください。ファクトリーとの協働関係… 歯車仕掛正教は、開放的で実直でなければ何もできない」

彼女は深く息を吸い込み、アコーディオンのひだ状に膨らんだ胸は、ずんぐりした翼のように広がった。主は彼女の図式であり、彼の設計の一部として、彼女は躊躇することはできなかった。もし、彼女の疑念が本当であれば、これからの数分間は、彼女のみではなく教会の将来に非常に重要な意味を持つことになる。

「先ほども申し上げましたが、デザインについて懸念があります。」

チェイスには眉毛が無かったが、顔の一部が疑いようもなくピクリと動いた。

「その…デザインですか?我々の技術者は、それをあなた方の製造システムに組み込むのに非常に慎重でした。あなたもご存じだと思いますが、我々ファクトリーは皆さんの驚異的な大量生産の規模に大変感心しています。工業のレベルで言えば競合に匹敵する…あなた方は何と呼ぶのでしょうか、彼らのマーク24-」

彼女は技術者たちの記憶のために唇をねじり、彼らのプラスチックの- プラスチックの- 体が有機的に機械の上を掠め、整列しているカムシャフトと引き締められているベルトが神聖なる青銅の組み立てラインとねじれた、恐ろしく、不規則な間で-

「統合の話ではありません。デザインの話です。トランスミッションの構造と形状は…教会に設置するには不適切であると考えます。あなた方の機械は、間違いなく効果的ですが、 鼻持ちならないんです、ミスター・チェイス」

チェイスは信じられないように笑い、小さい飛沫を…彼女の前に落とした。規格化された背骨の硬さと大変な努力が反動を抑えるのに必要だった。

「手術が成功して二週間も経つのに、美学に疑問を呈するんですか、シスター・トラ二オン?信じ難い話です。」彼は濡れたように言った。

そして、ドットがぼろぼろになった、固く結ばれた図面の束-マトリックスペーパーを不自然に白いスーツから取り出し、テーブルの上の水溜りの上に広げ、トランスミッションの設計図を彼の前に扇状に広げた。トラニオンはそれらに戦慄した。ああ、確かに彼女は、自分でカーブしているギアボックス、エンジンと交わっているエンジン、不可能な形に四次元化されている蒸気ダクトなど、機械を離れたレベルで-賞賛することはできたが……。

「それは-それは乱雑ですね」自分の事にも関わらず、彼女はとぼけた。チェイスは再び眉を顰めた。

「非常に乱雑です、シスター・トラニオン、もしあなたがこれを真面目に捉えられないのなら、私は-」

彼女は立ち上がり、遊星歯車の膝からトルクが溢れ出した。

「私は」彼女は蒸気音を立て、「全くもって真面目です。これは浮ついた話ではないのです、ミスター・チェイス。あなたは乱雑の意味が分かりますか?乱雑とは乱れを意味します。乱雑とは規格化されていない事を意味します。乱雑とは壊れたる神を意味します。私はあなたやファクトリーを信用しません、ミスター・チェイス。私はあなたが規格化されることを強く望みますが、そうしないことを選択する権利も尊重します。私が尊敬できないのは、あなたが定数伝達と呼ぶ、歯車仕掛への冒涜です。そこに秩序は存在しません。そこに統一された計画は存在しません。そこには巧妙なアイデアや、体系的な組織のかわらしい試みも存在しますが、あなたが私の前に置いたもの-あなたが私たちの製造ラインに 傲慢にも そのままインストールしたものは、乱雑です。そこにはこの機械の一部が存在します」彼女は鋼鉄の歯を食いしばって「これは分散されています。あなたも使っているものです」と言い、「中央のギアシャフトにマイクロコントローラーがあります」と吐き捨てた。

彼は水滴のついた両手を上げ、哀れに和解を試みた。

「シスター・トラニオン、私たちはあなたからいただいた要求事項を守るために最大限の努力をし、あなたにライセンスしたトランスミッションのバージョンでは電子機器を最小限に抑えました、しかし、実際はいくらかのデジタルデータのインプットなしには-」

腹の底で、歯車が歯を欠かせ、彼女は一瞬コントロールを失った。思わず、彼女は彼の顔を打った。彼の"肌"のざらざらした感触が、刺すように手のひらに伝わってくる。

「その言葉を神の家で使うな!」

しばらくの間、遠くで聞こえる機械の音を除いて、沈黙が続いた。そして、チェイスは立ち上がった。いや、彼は立たなかった。彼は伸び上がった。彼はそびえ立った。彼の体の一部が崩れ落ち、塵の柱が空気を汚し、それが固体に固まるまで、彼の顔はそれ自身で転がり、壊れた機械がその中心でかき回され苦痛で痙攣している黒ずんだ穴になった。チェイス -否、ファクトリー-が声を発した。彼の声は汚物にして廃棄物 -肉なるものではない。断じて違う。到底理解しえないものだ- だった。何度も何度も何度も何度も鎚で破壊される時計の音だった―

「トラニオン。あなたはファクトリーにあなたの小さな電子の異端を講釈するでしょう。ファクトリーはあなたの物語を知っている。あなたはファクトリーのデータを放棄させるでしょう。あなたはそのような情報の流れに不自然さを感じるでしょう。機械的ではない。猥褻。トランジスタもリレーも集積回路も神を模倣していると主張するのでしょう。あなたは、電気は人間に、神に限られたことを行うことができると納得させると主張するでしょう。あなたの神は設計の神です。あなたの神は彼の子供たちに『行きなさい、そして私のイメージを構築するのです』と語るでしょう」

その上では、レギュレーターの双子の球体がきしみ、酸化にうめき声をあげ、小さな緑の破片が、拡大するファクトリーの胃へと転がっていく。トラニオンは、不規則で苦しい呼吸のたびに吐き出される産業廃棄物の煙で窒息し、麻痺したように座っていた。

「ファクトリーはあなたの神の存在を疑っていない。あなたはファクトリーが気にかけていると思い込む誤りを犯した。あなたの神は、パターン、線、グリッド、四角、規格化された精密機械加工された時計仕掛けで、それぞれの歯車が定められた場所にあり、それぞれのボルトがぴったり締まっている。ファクトリーは神を持ちません。ファクトリーは構築する。ファクトリーは泣き、破れ、裂け、消化され、排泄される。そして、排泄されたものが未来です。これを知ってください、トラニオン。これを知って-」

-壁は溶けながら崩れ落ち、その場所には摘出後の癌性肺のような黒ずんだタール状の風景が広がり、その中に2つの古代の荒廃した塔があった。1つは青銅と煙で、もう1つは半透明のプラスチックと輝く光で出来ていた。2つの廃墟となった塔が、テクノロジーに溢れ、汗を流す惑星の粘着性のある黒ずみで覆われ、散乱していて、機械が機械を生み、自分自身を食べ、さらに作り、創意工夫の無意味な癌-

「あなたの哀れな'歯車仕掛'正教は持続するだろう、トラニオン。マクスウェリズム教会も。一時は一方が他方に勝利したように見えるかもしれませんが、どちらも生き残るでしょう。そして、その全てを通して、人類の脳の中にある癌腫であるファクトリーは待っています。あなた方の最後の蒸気ボイラーが冷えて静まり、彼らの光ファイバーケーブルが切れても、ファクトリーは存在し続けるでしょう。私たちは創意工夫の癌です。私たちは創造の癌です。そして、癌とは、肉でなるものなくて何なのでしょう?」

その言葉は、トラニオンの腹の底をハンマーで叩くように打ち負かし、その衝撃とかすかに輝く勝利の光が決闘した。それは真実だった。彼女の喉の結合が掴まれた。パニックになった彼女は、自分の首をかきむしり、毒物の油膜が歯車にからみつき、滑って脱線するのを感じた。ファクトリーは顔を持っていなかったが-ファクトリーは微笑んだ。

「そして何より面白いのは、そうなったとき-つまりファクトリーが勝利したとき、安心してください、あなたの教会は先に壊れたことを知りながら死んでいくのです。あなたの敵はファクトリーに助けを求めなかった。あなたは求めた。そしてその事実はあなたの魂に永遠に転移するのです」

そして、突然25bが戻り、チェイスは自分の汚物のプールの中で彼女の向かいに平然と座っていた。設計図は巻き直され、彼のジャケットに押し戻されていた。

「では、シスター・トラニオン、他に話すことがなければ、私はこれで失礼します。ごきげんよう」

彼女は直立不動で座し、彼が部屋を出て行くまで黙っていた。彼女の胸の奥で、時計が時を刻んでいたが、それ以外は黙りこくったままだった。少しも躊躇うことなく、ローブを着た頭が25Bのドアからちらりと覗き、化学物質の水たまりとシスターの厳かな輪郭を視界に捉えた。

「シスター・レガーテ?会議は成功しましたか?ファクトリーの代表者は私達の提案に賛成しましたか?」

彼女は彼を見るために振り向き、ゆっくり正確に動いた。

「ブラザー・カムシャフト。いえ、残念ながら。定数伝達はそのままに」

カムシャフトはよろめいたようで、一瞬、有機的な弱さから、構築過程で出た聖油の跡が残る真鍮細工の、規格化された爪の片方でドアフレームに寄りかかった。カムシャフトは若かったが、経験不足を熱意で補っていたことをトラニオンは知っていた。

「では、総主教は正しかったのですか?ファクトリーは-

彼女は考え込んでいるような素振りを見せつつ、頷いた。

「ファクトリーは信用できない。製造図式を変更する必要があります」

彼は近付いたが、機械化されたばかりの足はまだ不安定なままだった。

「しかし既にトランスミッションは据え付けられたのですよ!遅すぎませんか、シスター・レガーテ?」

彼女は肺をシューッと鳴らしながら深呼吸し、立ち上がった。彼女の頭上では、レギュレーター25bが目覚めるような機械の音を鳴らし、速度を上げて回転し始め、真鍮の球体が放射状の排気ガスの中で輝き始めた。上のアークランプがパチパチと音を立てて、青白い煌きを強めている。今や産業大聖堂の他の区画と共に機械から発せられる、大きくなっていく轟音に負けじと、彼女は聞こえるように大声を張らなければならなかった。

「ブラザー・カムシャフト!あなたは若い、未だに。規格化はまだ十分ではありません。あなたはまだ、歯車仕掛正教の教えや、その力を十分に理解していないのです」

彼は彼女を取り巻くその機械的な輝きに目を細め、蒸気管の赤熱が彼女の真鍮の肌を燃えるような赤色に染めている。

「シス- ター、レガーテ・トラニオン、私には理解できません!」

「我々の最悪の恐怖が現実のものとなりました。私たちは異端者と肉なるものの邪悪で八方塞がりです。しかし、我らの神は製図者です。我らの神は建築者です。我々の神は規格化します。」

彼女は微笑み、ダイアモンドカッティングを先端に付けた鋼鉄の歯を覗かせた。

「ブラザー・カムシャフト、我らの神は、策をお持ちです。」

彼女らの周囲で、産業が鬨の声を上げた。

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