「SCP財団、監督者評議会だ。」
「突拍子もない計画ではあるが、我々の世界は危機に瀕している。もはや選択肢などない。」
「上位世界の創作者たちが、我々の根本たる人間社会を破壊している。アノマリーの収容はますます困難になり、逆転させられたK-クラスシナリオも日に増し多くなっている。世界各地にサイトを所有している我々とて、数を増やし続けるアノマリーの前では赤子同然だ。」
「毎日のように、程度こそばらつきがあるものの、新たな脅威となるアノマリーは数体まとめて出現する。世界は、それらに侵食されているのだ。かつて、我々は人類の守護者という役割をなし得ると考えていた。しかし、上位物語理論の証明により、我々と我々の世界は上位世界の創作者たちが筆で弄ぶ玩具に過ぎないことを、我々は知ってしまった。これまで連絡体制を確立していた並行宇宙の財団は、既に█個も壊滅に追い込まれた。我々は、座して死を待つ訳にはいかない。」
「確かに、上位創作者は我々が手を伸ばしても届かない領域にいる。いかなる反抗も徒労に終わるだろう。彼らは、我々に干渉できない物語層にいて、我々の武器では彼らを傷つけることすらできない。彼らの慈悲を乞うのも決断の一つには入れたものの、そもそも上位物語理論の発見は彼らに齎されたものだったかもしれない。私がいま話しているすべてが、彼らに操られていないという確証すらも得ることが出来ないのだ。それでも、我々は決して屈してはならない。彼らにとって、世界の終焉はあくまで紙上の一文に過ぎない。だが我々にとっては、世界そのものを失うことになる。」
「だからこそ、我々は戦うしかあるまい。アノマリーの根源たる彼らと。死力を尽くして、運命の舵を取り戻すのだ。」
「これこそが、我らが悲願である。コードネーム『オペレーション・ウォールブレイク』――即ち、上位世界への宣戦布告である。」
███年█月█日、23:58、サイト-CN-██会議室
「物語層の障壁を破るのは難しい。しかも我々の言動は全て筒抜けです。」クルネット研究員は目をこすりながら言った。「情報が完全に対称していません…」
「いや。どんなに優秀な創作者でも、全員の行動を一遍に記述するのは難しいだろう。そこで、創作者による操作の頻度と時間帯の規則性を見出せば、我々は物語の操作を回避できるかもしれない。創作者に操られさえしなければ、我々は自由意志に基いて行動していると見なしてもいいだろう。」と、ミカエル研究員が答える。
「創作者による操作の時間帯を見極めることなんてできません。そもそも彼らがいつから創作を始めるのかは知る由もないんです。もしかしたら今この瞬間に、我々は既に創作者に操られているかもしれません。」クルネットが反論する。「物語の操作が働いてる時間帯を判別できる具体的な方法さえあれば――」
「あるにはある。完璧とは言えないが、方法は存在する。世界中のサイトに収容違反とインシデントが発生する時間帯を統計して、そのデータを元に図表を作成してみた。どうやら、創作者たちはサイトが所在する標準時間帯における昼間、もしくは夜█時前後に活動しているらしい。」
「ならこの2つの時間帯を避けれれば――」
「そう上手く行かないだろう。」ミカエルの真剣な眼差しがクルネットを射抜く。「敵が未明に物語を始める可能性は捨て切れない。ただ、これは最善の策となる。」
ミカエルの白いもみあげを注視しながら、クルネットの心の中で老研究員に対して尊敬の念が湧いた。
███年██月█日、00:04、サイト-██
上位創作者について、現在判明している事実は以下となる。第一に、いかなる場合でも、上位創作者は一定の設定カノンに基いて創作を行う。設定カノンに反する物語はほとんど許されない。第二に、創作者の物語には指向性がある。これにより、物語の進行は論理的に自己無撞着でなければならない。第三に、報告書の作風を比較対照することにより、創作者が一人ではないことが分かっている。不完全な統計によると、K-クラスシナリオと収容違反を創造している創作者は少なくとも10人存在している。……
中国支部からの調査報告がモニターに映った。財団本部の上層部たちはそれを見て、ただ黙りこむ。
「これって変じゃね?」突如、クレフ博士が沈黙を破った。「クソッタレな創作者どもは、俺たちがどうやって彼らを深淵に突き落とすかを討論しているところを見ているのに?なぜ[罵倒語]な奴らが高貴なる筆を動かして、上位物語とやらで俺らを一網打尽にしない?」
モニターに映る文字が急に点滅し、全員の視線がチカチカし始める画面に集中する。視線が集まる中で、画面に1ページの空白の文書が映る。そしてその文書に、青字のメッセージが次々と現れた。
知ってるか?糸繰り人形が演者によって操られている時、ひどい目に遭うかもしれないが死にはしない。だが人形が糸をほどく時、先に待つのは自由ではなく破滅だ。
「ほらな。これがあのクソを垂れ流す創作者どもだ。」クレフ博士が振り返って言い放つ。「奴らの創作では整合性は何よりも重要だ。だが俺たちは違う。奴らが創作してないときには俺たちのやり放題だ、何をしても許される。奴らは、これができない。」
「なら、次の議題は、物語層の障壁を破る方法について……」
日付不明、場所不明
「SCP-███だ。」彼が言う。
「SCP-███?あの機械?」彼は問い返す。「これがお前の考え?それとも……」
「俺のだ。あれを直す。これで限りなく目標に近づける。さらにSCP-███と組み合わせれば……」
「これがお前の考えか?」
「これが俺の考えだ。財団が障壁を乗り越える助けとなるかもしれん。」
「想定外の結果を招く可能性がある。O5評議会は許可しないだろう。」
「そうか?俺の思い上がりかもしれん。財団は手段を選ばないと思っていた。」
「いや。彼らは手段を選ばない。ただ、今はその時ではない。」
███年█月█日、01:00、エリア-CN-██
「受信できていますか?」
「ええ。こちらはSCP財団演繹部門です。ご連絡ありがとうございました、別宇宙の私たち。」
「演繹部門?」
「物語層理論を研究するために設立された部門です。どうやらそちらにはないみたいですね?」
「はい。こちらに該当部署はありません。ですが、我々は上位創作者に宣戦するつもりです。あなた達の協力が必要です。」
「ご冗談ですよね?」
「これは監督者評議会の決断です。サイト管理官と機動部隊の指揮官の大多数は、計画の実行には同意です。あまりにも増えすぎたアノマリーに、我々はもう耐えることはできません。」
「私の権限では決めかねますが……上層部には報告いたします。幸運を。」
[通信終了]
「これが我々の新たな希望となる……決して、機を逃しはしない。」
████年█月█日、07:20、エリア-CN-██
「こちら、SCP財団演繹部門です。検討の結果、我々は貴方たちの計画に技術面で協力することにしました。」
「ご助力に感謝いたします。我々はまず障壁を越えなければなりません。貴部門にこれを可能とする技術はありますか?」
「成功例は一例のみです。SCP-CN-909、すなわちSCP-CN-001-1です。このオブジェクトの物語ループは我々の物語の外側にあるため、上位物語層への遷移は可能です。」
「誠に、ありがとうございました。」
[通信終了]
「我々の物語の外側に存在する物語ループ、か……」
[暗号化された通信記録はアップロードされました]
████年█月█日、01:45、[データ削除]センターにアップロードされたメッセージ
From: ピリオド博士
クソが!奴らが仕掛けてきやがった――奴らだ!!!
サイト-██で深刻な収容違反が起きたんだ――もともと起きるはずもなかった収容違反が。予兆が一切なかった。まるでセキュリティスタッフが全員同時に気絶したみたいに――予備電源と主電源が停電したのだ。ああ、神よ。こんな低確率の事象、奴らの仕業に違いない。
To: ████
当日、世界中の少なくとも10のサイトに収容違反が同時に発生。今回の深刻な収容違反は、財団の上位物語層への侵攻を撹乱させるための、上位創作者による工作とされている。
……
████年█月█日、08:05、場所不明
O5-1: これより、物語層を突破するための提言に表決を行う。
[データ削除]の提言: SCP-███を修復し、SCP-███を用いて████プロジェクトを実施し、障壁突破を試みる。
O5-1: 反対。
O5-2: 反対。
O5-3: 同意。
O5-4: 反対。
O5-5: 反対。
O5-6: 同意。
O5-7: 反対。
O5-8: 同意。
O5-9: 反対。
O5-10: 反対。
O5-11: 反対。
O5-12: 反対。
O5-13: 反対。
O5-1: 投票を終了する。提言は否決された。今回の投票が上位物語による操作を受けていない確証は得られないため、当提言を最終手段とする。
████年█月█日、日付不明、場所不明
「上位物語層へ遷移するための方法はただ一つ。まず、自らの物語ループを本物語から独立させる。そして、RK-クラス:物語崩壊シナリオを発生させ、下位物語を完全に破壊する。その際、物語ループを独立させた人物や物品は、自発的に上位の物語へ上昇する。」
「ならそれを実行するためには?」
「並行宇宙の演繹部門の協力により、我々は自然的にループを形成する実体を見出した。機動部隊を1個遷移させ、上位物語を破壊し、RK後に我々の宇宙を再構築するよう説得したのだ。」
████年█月█日、01:57、サイト-CN-██
クルネットは息を詰めながら、装置の画面を注視した。
画面が点滅し、映像が映り出す。それは闇に包まれた部屋だった。痩せこけた影がベッドに横たわり、光る画面を見ながら両手で素早くスクリーンをタッチしている。
「カメラを近づけてズームインするんだ。」ミカエルが命令する。
画面の中の画面が大きくなり、ぎっしりと文字が詰まっているのが見て取れた。
「画像認識を起動。」
████年█月█日、01:57、サイト-CN-██
クルネットは息を詰めながら、装置の画面を注視した。
画面が点滅し、映像が映り出す。それは闇に包まれた部屋だった。痩せこけた影がベッドに横たわり、光る画面を見ながら両手で素早くスクリーンをタッチしている。
「カメラを近づけてズームインするんだ。」ミカエルが命令する。
「画像認識を起動。」
████年█月█日、01:57、サイト-CN-██
クルネットは息を詰めながら、装置の画面を注視した。
画面が点滅し、映像が映り出す。それは闇に包まれた部屋だった。痩せこけた影がベッドに横たわり、光る画面を見ながら両手で素早くスクリーンをタッチしている。
「カメラを近づけてズームインするんだ。」ミカエルが命令する。
画面の中の画面が大きくなり、ぎっしりと文字が詰まっているのが見て取れた。
「画像認識を起動。」
……
「これです!これが上位物語層の光景です。我々の成功ですよ!」クルネットは興奮のあまり机を叩いた。
「そうだ。我々の成功だ。」ミカエルが微笑む。
ファイルは中央データベースにアップロードされました
直後、2人の研究員は爆炎に包まれた。甲高いブザー音が響き渡る。深刻な収容違反を示す警報ランプの赤は蛍光灯の冷たい光を塗りつぶし、夜のサイト-CN-██を照らした。
「あれ、なんか誰かに見られてる気がするんだけど……」夜中にベッドで執筆をしている俺が、誰かの視線を感じてつぶやく。しかし、振り向くとそこにはカーテンから漏れる夜の街の光と、静かにブーンと鳴るエアコンの作動音以外に何もなかった。
「夜更かしのしすぎか。」俺は視線を戻し、執筆を再開した。
……
████年█月█日、02:02、場所不明
広場は闇に覆われた。莫大な代償こそ払ったものの、財団はようやく障壁を突破するための装置を完成した。全てのサイトに収容違反が起こり、新たに発生したアノマリーも財団の介入がなくなったことで人間社会に蔓延している。しかし、これで財団は最後の目標を達成することができる――アノマリーの発生自体を終わらせ、運命の手綱を自ら握ることを。
鍛えぬいた機動部隊-癸巳(“形而上学”)は上位物語層へ派遣される。例え上位の創作者であっても、もはや事態を止めることはできないだろう。
財団上層部の厳かな視線に見守られながら、各サイトで唐突に燃え上がる爆炎に照らされながら、機動部隊の指揮官が、物語層を越えるためのボタンを押下した。
白い閃光と共に、障壁が突破された。
や、やめろ!!こ、こんなはずじゃ……ザイカツはやめる!これから記事を書かないことを約束する!だ、だから銃を下ろしてくれ!
残念だが、そうはいかない。バン!
事件が発生しました。創作サイト「SCP財団」との関連が見られる創作者たちは全員、自宅で銃殺された状態で発見されました。当創作サイトは解散となりました。
我々の勝ちだ。