三国軍師は惑わない/残党ターニーは眠らない
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関東地方の、とある住宅地。その中でも閑散とした通りの、ひときわ人の気配のしない一角。そこをぐるりと取り囲むように建てられた「現在工事中」の壁の中、路上に置かれた折りたたみ式の机を囲んで数十人の男と一人の奇妙な風体の男が向かい合っていた。

「収容施設内部には4重にそれぞれ別の金属を用いたシェルターを建造し、当該のオブジェクトの“攻撃”を防御致します。シェルターの隙間には人が通れるほどの間隔を開け、そこからシェルターが破壊された場合の修理を行います。周辺の住宅の皆様には退去していただいておりますので、その分の空間を利用しこの家…もとい、オブジェクトの周りに三周りほど大きな“邸宅”を偽装して建てると云いますか、つまり、ガワとして家に見えるように建てて頂ければ宜しい。私は遼東の豕となる積もりは御座いませんので、どうぞお気遣いなく、意見があればおっしゃって下さい」
付け髭を着用した40代前後の男性は一息に、落ち着いた口調で話した。財団勤務の収容スペシャリスト、三国軍師である。財団の有る程度自由な気風ゆえか、午前中に彼が“現場”に到着してからその奇妙な— とても奇妙な風体には、誰も言及していなかった。春先の陽気に滲む汗が、彼の背中にぺったりとその安っぽい生地の衣装を貼り付けていた。
すぐに、一人の男が口を開く。建設部隊び-6、“現場主義”部隊長、テチ・ジャーナリズムである。
「…シェルターについては既に出来ている。…では、ここの異常性についてはどうだ?収容監督サイト…8140は何と言っている。俺たち部隊の安全確保のために必要な情報だ」
「それは確かに必要な情報、ジャーナリズムさんの視点にはまさしく感服するばかりですな。…一言で申し上げるならば、“内部には何もないのに、定期的に巨大なコガネムシの脚が飛び出し、近くにいる人間を捕まえて引き摺り込む”と言ったところでしょう。家の主人が先日死去されたことと関連性が有るのかは不明ですが、異常性そのものは3週間前より、きっかり144時間に一回のペースで起こっているようです。付近に生物を近づけない試みは“脚”が獲物を捉えるまで際限なく伸び続けることから失敗しています。幸い監視していたエージェントの発砲によって腕を物理的に阻むことが可能とことが判断されたため、今回の収容に至ったわけです」
「期日は?」
「二週間は欲しいところなのですが、当該のオブジェクトは現れた際に付近の家を意図的に破壊し、内部の人間を引き摺り出しているかのような動きを見せています。本日昼の“脚”は機動部隊による攻撃で阻止する予定ですが、それが終わり次第…建設中の収容房が破壊される期日の144時間の間にに完成させたいところではあります」
「…かなり厳しいな。ターニー君はどう思う」
テチは直ぐ後ろに居た男に話題を振る。男は困ったような顔をして、頭をバリバリと掻いた。フケが肩に落ちる。彼の腰に巻きつけられていた無数の工具が、その腕の動きに連動してガチャガチャと音を立てた。
「残党、と読んでくれませんかね…ううン、…難しい事を聞きますね…難しい事を聞きますね」
「あのなあ」
「でも、納期は…納期は守ります。必ず」
「そう言っていただけると有難い。私も毎日此方で監督させていただきますので。それでは早速ですが、必要な情報を収集したら部隊の皆様を集めて一旦ここから離れましょう。36時間後には“脚”が現れます。必要と思われる分は私が取り敢えず発注してありますが、皆様の目から見て追加で必要な分が御座いましたら直ぐに注文してまいります」

* * *

「本日もお疲れ様です。こちら、温州蜜柑でございます」
建設が始まって3日目。今日も三国は昼食休憩の時間に仮設事務所— 名前だけで要するには休憩用の椅子と屋根があるだけの小屋であるが—に顔を出した。
「あぁ、おはございます。今日までで、とりあえず三国さんの立てられた計画より少し先をやれています。細かい変更点やら部隊員からの報告はこちらに」入り口で煙草を吸っていたテチが迎える。
「ありがとうございます。こちら、温州蜜柑でございます」
三国はとりあえず受け取ってくれとばかりにテチの胸に蜜柑の入った籠を押し付けた。
「…して三国さん、今日は何時頃までおられますか」
「取り敢えず皆様の勤務終了までは建設現場周辺をうろついているでしょう。軍師ですから。」
軍師は関係ないでしょう。弁当を掻き込みながら、残党は頭の中でツッコミを入れた。口には出さない。いや、出していないつもりだった。
「…」
三国がこちらをチラと見る。口に出してしまったようだった。残党はあわてて俯いて、弁当とにらめっこを始めた。
「エヘン。ともかくとして、皆様の御尽力のお陰で工事は順調に進んでいます。このままのペースで大丈夫でしょう。皆様、宜しくお願い致します」

あの後、収容対象の“攻撃”は機動部隊によって制止され、残党達は“脚”が家の中に引っ込み、安全が確認されてから直ぐに建設作業に取り掛かった。まず残党を含む数名の作業員が重機を運転し、トレーラーで運ばれてきた彎曲した金属パネルを指定の位置に運ぶ。順番にクレーンで持ち上げ、横のパネルとボルト、溶接で接続した。その日のうちに、4重の“お椀”が家の周りに立ち並ぶことになった。
2日目からは足場を組んだ。お椀を囲む足場が完成すると運ばれてきた材木を切りそろえ、現場で培った感覚と計算を駆使して組み上げて行く。一般的な建設会社がやる数倍ほどの速さで、“収容房”は組み上がって行った。

「…あのおっさん、いつも昼過ぎに来るな。蜜柑持って。」
作業開始から4日目。休憩中、同じ部隊の鈴木が口を開く。横でカロリーバーを食べながら、残党は口を開いた。
「それよりも…モガ…キモいのは…クチャ…あの格好っスね…ガボ…」
「食いながら話すなよ、お前ー」
鈴木はため息をついて、缶コーヒーにタバコの灰を落とす。
「でもまあ、そうだな。どんどん熱くなるってのに…あのおっさん何なんだろうな」
「…まあ、財団、ですから…ゴクッ」
「ああ、財団だからな」
「あとは…あの、み、み蜜柑です、かね。毎日、持ってきますね」
「…あれはわざとやってんのかなあ」
「…?」
「いや、どうでもいい話だよ。残党もそろそろ食べちまえよ。次休憩貰うのテチさんだぜ。ダラダラ食ってると絡まれる」
空き缶に吸い殻を入れると、鈴木は小屋を出た。しばらくして、カロリーバーを食べ終えた残党も小屋を出た。飲み物を買おうと、すぐに現場には向かわず、自販機のある方へと歩いて行くと、三国が足場に組まれた鉄骨の中で地べたに這いつくばっていた。
「あ、三国、さん…何、してるんです…か?」
「いえ、この辺りのはずなのです」
「何が…で、です、か」
「本体です…すみませんが残党さん、シャベルか何か持って来てもらえませんか」
「ア…はい」
残党は一旦引き返し、小屋から大きめのシャベルを2本持ってきた。
「ここを、掘るんですか」
「お願いします」
二人はしばらく無言で土を掘った。
「…何でか聞かないんですか」少しして、しびれを切らしたように三国が口を挟む。
「聞いても、…財団の人はきっと教えてくれないでしょう」
「いやいやそんなことはありませんよ。他の方ならいざ知らず、そんな風に一元的にくくるのはお辞めください」
「…すみません」
「…例の“脚”、試しに写真の解析を依頼してみましたが、一般的なコガネムシの第一節、左脚であることが判明しました。脚の大きさから判断すると相似比からこの辺りに頭が来る計算になります。ここは家の裏庭に当たる場所ですが…いちおう、掘り返してみているところです」
「…どうでもいいですね。脚は拳銃1発で十分な強度、なのでしょう」
「未知を相手にしているのです。何が起きても不思議ではありませんから」
「収容が、破られますか」
「念のためです。知らなかった、では済まされませんから」
「…」
「…そら、やっぱりありましたよ、何か…」
少し掘り住めると、土中から土を被ったダンボール箱が出てきた。周りの土をどかし、取り出す。
「いや結構重いですねこれ…はたして」
どこからかカッターナイフを取り出した三国がガムテープの封印を切り裂く。
「…」
「…」
「…」
「…もはや死んでしまっている方とは言え…趣味がお悪いですね」

内部に詰まっていたのは、大小さまざまの生物の死体、骨であった。小さなものはそれこそ蟻から、大きなものでは中型犬の胎児と見られるものまでが、ダンボールにはぎっしりと詰まっていた。
「…まだありますね」
地面をさらに掘り返すと、同じものが詰まったダンボールが複数、合計14個は見つかった。
「…私はいったんサイトに戻ってこれらの分析をお願いして参ります。残党さんは職務に戻ってください」
「車を出しましょうか」
「結構です」

* * *

5日目。朝、現場に出勤したところで、残党の耳に言い争う声が聞こえてきた。三国とテチが一枚の紙を挟んで話している。
「無理を言っちゃあいかんぜ。今日にはもう全部完成すんだろが」
「お願い致します。必要かは分からないのですが」三国が手に持っていた紙をテチに押し付ける。テチは被りを振った。
「だから!相手は物理的に封じ込めができんだろ。それでいけないのか」
「既存の収容でも十分であろうというのは承知しています。そこを何とか」三国はなおもテチの胸に紙を押し付ける。テチは断固として受け取らない。
「この設計通りにやろうとしたら今立てている家を一部膨らませて作ることになる。裏手は空き家だが、一般人が住んでいるんだぜ。記憶処理の手配は済んでるのか」
「既に」
「…材料はどうすんだ。こいつはどこから調達する」
「…出雲に、蒐集院がかつて管理していた収容の際に必要な神木を栽培している森林があります。現在は財団と共同で管理を」
「礎石のやり直し、骨組みの見直し…外壁パネルをはめ込む前に、今から図面を引くとして、18時間は見てもらう。明日の10時に“脚”は現れるんだったな」
「今が朝9時、リミットまで21時間あります」
「…ヘリでここまで運んでこれるのか」
「うム…それが出来れば簡単なのですが、生憎本日の夜から明日朝にかけて向こうに台風11号が接近しております。確実性を重視するならば、陸路で」
テチは三国の返答を聞くと、我慢できなくなったのか声を激しく荒げる。
「ここから!…ここからこの森林の切り出し場まで片道10時間はかかる。ギリギリだ。人手も足りない!無茶だおっさん、諦めな。取り敢えずは現状維持で良いじゃあねぇか」
「別の建設部隊から臨時で15名、とりあえずかき集めてあります。雑用にお使いください。取り急ぎ、先ほどあちらに連絡し木を伐採してこちらに運んでもらいます。こちらからも数人で取りに向かい、途中で移し替えを行います」
「あの…」一部始終を見ていた残党が口を開く。
「残党さん。…昨日発見したものを財団で追ってもらいました。全てがこの家の…かつて主人だった方の購入したものです」
「はい」
「コガネムシ…の怨霊、ということなのでしょうか。発見されたダンボールからは一匹だけしか発見されなかったのですが…、ともかく、霊的なものが関与しているならば相応の処置をすべきと判断しました。収容施設とシェルターの間にあれが埋まっていたことは大変な幸運でした。…あそこの真上に慰霊を目的として社を建てます。蒐集院出身の収容スペシャリストの方に意見を伺いまして、そういうことならこちらの木材を使用するのがよかろう、と仰っておりました」
「そいつがここまで持って来てくれるのか」
「こちらの傘下とは言え、一応現在でも蒐集院派、蒐集院の分派との繋がりも強い場所ですから…出来れば、こちらの人間がここまで持って来るのが望ましいですね…緊急を要する事ですので仕方ありませんが…」
「…そうなると、それが届くまでこっちは動けないってわけだ。切り出してすぐ運ぶとして…13時間か」
「俺が行きます。」
残党が口を挟んだ。三国がこちらを振り向く。
「運んで、いる途中で、少しでも作業が進められた方が…良いでしょう。トラックのコンテナの…中で図面を引きます。無茶かもしれませんが…到着次第、皆さんと、別部隊の方で切り分けて、組み上げられます。三国さんの言い分も…テチさんの言い分も…分かります、から。俺が、泣きます」
「待て。少なくともお前は…」
「いいです。大丈夫です。多分…俺が、行くのが、いちばん、うまく、行きます。」
「それなら、……ううん、任せた。弱音を吐くなよ」
「残党さん、ありがとうございます。…では急ぎましょう。何よりも霊験あらたかな“材木”を手に入れることが急務ですので」
「分かりました。三国さん、乗って…下さい。あ…蜜柑貰って行きますね」
テチが何も言わず軽トラのキーをこちらに投げた。キャッチして、拾い上げた蜜柑のカゴの中に入れる。三国はカバンから図面のコピーを取り出し、机の上に置くと、残党の後を追った。

***

「三国さん!」
三重県、御在所SAにて残党達は蒐集院から来たエージェントと落ちあった。出発してから6時間。少し風が強まって来ていた。
「すみません急な話で…こちら、温州蜜柑でございます」
三国が少し減ったカゴを蒐集院から来たエージェントに渡す。挨拶もそこそこに、エージェントと三国、残党はトラックに材木を移し替えた。
「それでは失礼いたします。お分かりのこととは思いますが、このことはどうか蒐集院の方には出来るだけ内密に…」

三国が釘を刺すと、エージェントは困ったように笑った。
「もう何十年も財団の管轄下ではないですか。我々は外様ですか」
「こちらが一方的に利用させていただいて失礼な物言いで有ることは承知の上です。それでも、一応、です」
残党はトラックに乗り込む。三国もそれに続き、二人はすぐに引き返した。少し走り、車内で三国が話しかけて来た。
「…私はあなたから見てどうなのでしょう?信用に足る人物でしょうか。」
「全然」
「ワハハ、これは言われてしまいましたね。それでも貴方は昨日も…私を財団の人間である、として対応しましたね」
「土を、掘っている時ですか」
「左様です。貴方は財団の人間であるとして、私に深くはものを聞こうとなさらなかった」
「それは…まあ」
「私が恐ろしいですか。財団が恐ろしいですか」
「それは…………まあ」
「まだ私も下手くそだと言うことなのでしょうね…いかにも“財団から来ました”という方では皆さん貴方のような対応をなさります。もちろん必要でない情報を不用意に漏らさないのも我々の仕事の内ではあるのですが…それでも、だからと言って最初から割り切られて、トップの方—テチさん以外には何も聞かれないのはこちらとしても無駄なトラブルを生む原因になります」
「はあ」
「だから我々はある種独特な格好に身を包むのですよ。私のこの孔子コス、好きでやっているとお思いですか。これは私に親しみを持ってもらうための道化の衣裳なのですよ」
「…え。その話…冗談だったんですか。話が長くて、あまり、面白くないです」
「ワッハッハ…まあこれは喩えでしたが、私は…蒐集院の方が少しだけ怖いです。失礼な話ではありますが…我々の人知の及ばないものを平然と使いこなしていた彼らが、要注意団体が怖いです」
「矛盾…してますね」
「今運んでいるものの事ですか。…異常をあくまで収容対象とするスタンスもまた財団ですが、それとは別の、異常をうまいこと使わせてもらうスタンスもまた財団なのですよ。矛盾していますが、職員だってそうです」
「そんな職員が、居るんですか」
「私が彼らに…蒐集院の方にする対応と、貴方が私にした対応は似ています。未知に対してする警戒、それはどなたにも普遍するものでしょうね」
「それでも、これを…未知、を使うんですか」
「その通りです。我々が相手にするものもまた、さらなる未知なのですから」
「…三国さん、次のPAで運転…替わって下さい。俺…コンテナの中で作業します…。絶対に…三国さん、絶対に、間に合わせましょう」
「ありがとうございます」
三国は深々と残党に辞儀をした。

* * *

夜11時、少し遅れて現場にたどり着くと、テチが駆け寄って来た。
「来たか!残党、お疲れ!」
「すぐに切断してください。途中で…三国さんに運転を代わって貰っている間に…木に、図面を引いておきました。結構、揺れましたけど…なんとか」
「下道をバンバン走っている車の上でよくやったものですね…本当にお疲れ様でした。あとは宮大工の方にお任せして、残党さんはお休みください」
「俺です」
「はい?」
「俺が、この部隊の宮大工です。…三国さんこそお疲れ様でした。後は…俺に、俺たちに任せて下さい。必ず、納期に、間に合わせます。…テチさん、別部隊の方は、到着していますか」
「全員揃えて並べさせている。骨組みも取り敢えず動かし終わった。…頼むぞ」
残党は少しだけ息を吸った。
「協力してくださる別部隊の皆さん!取り敢えずこちらのメモの通りに材料を運んで下さい!外壁パネルのはめ込みのための準備をお願いします!テチさんと“現場主義”の皆は引いてある通りに木を切断してくれ!後藤!さっきメールしたものは揃っているか!膠も、漆もすぐに使えるようにしたい!乾燥させる時間を考えると猶予は5時間も無い!急いでくれ!」
一気に全員に指示を出す。自身も体に巻きつけた工具の中から幾つか取り出しながら、残党は疲れた様子も見せず仕事に取り掛かった。
「応!」
現場で整列していた建設部隊の面々が、Dクラス職員が、勢い良く応答する。すぐに全員が動き出した。
「残党さん…そうと知っていたならば私は…」
「一刻を争いましたし、テチさんと、三国さんが行ってしまってはそれこそ、困りました、から…」
「…よろしくお願い致します」
三国は深く、深く頭を下げた。
「…任せて下さい。プロですから」
残党は次々と運ばれて来た木材を削り、形を整えて行く。微妙な装飾を素早くこなし、はめ込む形に木を切り揃えて行った。完成した部品を、建設部隊が即座に運び組み立てて行く。残党が塗装を施し、細かな部分の手直しを行った。

作業は嵐の中、夜を徹して行われた。

* * *

「取り敢えず…完成、です」
「良し!全員離れろ!外壁パネルをはめ込む!」
8時少し過ぎに、なんとか社は完成した。テチがすぐに指示を出し、最後の外壁パネルをはめ込む。

「本当に…本当にお疲れ様です」
ずっと横で見ていた三国が残党に声をかける。
「これからは…もっと余裕を持って言って欲しいですね」残党は笑った。
「良し、取り敢えずは完成だ。皆お疲れ様!Dクラス職員の方はこのままバスに乗って帰ってくれ!部隊の皆も、追っ付け避難するぞ!すぐに“脚”が来る!」テチが叫ぶ。
「それでは…行きましょうか、残党さん」
「はい」
部隊員も一仕事終え、次々にバスへと乗り込む。三国と残党もそれに続いた。

* * *

車内。三国は、何やら書類に筆を走らせていた。
「三国さん、何を、書いてらっしゃるんですか」
「収容プロトコルへの追記です。それと明確に悟られることのないように、うまくあの社を管理させなくては。霊的なものが要となっている場合、財団としてはある程度は黙認してくださいますが、収容プロトコル、として認められない場合があるのですよ。残党さんが頑張って下さったお陰で、数年は劣化の兆しは無いでしょうが…やはり定期的な清掃、補修は必要でしょうから」
「成る程…三国さん…あの、さっき、異常って、未知って怖い、と言いましたね。俺は、」
三国の携帯電話が鳴った。三国は筆を止め、直ぐに電話に出る。
「はい…はい。はい…了解致しました。ではまた…見直して、一度お送りします」
「えっと、話なんですけど、俺は…未知ってのは、」
「…収容房が破られました」
「はい?」
「現地で監視していた機動部隊の報告です。“脚”は少しだけズレた、数軒先の民家から飛び出した…と。一般人の方が1名、犠牲に」
「それは…」
「また新たなプロトコルを考案して直ぐに依頼書を送付いたします。取り敢えず今回の収容作戦は、失敗、と言うことに」
「それは…それは…」
「…残念ですが初期収容と言うのは全体において最も難しい事の一つです。…私の力不足です。よく有ることですから、お気になさらず。犠牲になった方には財団から適切なカバーストーリーが流布されるでしょう」

俯きながら、それでも三国は答えた。
「三国さん…手ェ、血、出てますよ…握りすぎです……拳。…書類に、染みが」
「もう、良いんです。…気にしないでください」
「…大鏡、じゃあ無いんですから。日本の古典、じゃないですか…アレ。…ねえ、三国さん」
「あれは…あれは元々三国志の故事からの盗用なんですよ。私…私…私、知ってます」
「…嘘ですね」
残党はペットボトルの茶を三国に差し出した。
「もう昼です…食べましょう」
「…そうですね」
バスは、サイトへ向かって走って行った。
車内では、収容房の完成を祝って、いつもより少しだけ上等の弁当が支給された。

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