その貌を知るものへ
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機密三八七号記録:
現実改変行使の痕跡発見および財団への背信の容疑による尋問を行った。結果はシロ。ただし損傷状態からエージェントとして再雇用することは絶望的であり、拷問官によって終了処分が行われた。


その日は事後調査に訪れていた。最近雇用されたという黒尽くめの男についての調査の一環だった。

発見当初、収容チームによって確保され身体調査を行った際に、あいつの義肢、正確には義肢を接続する接続部に財団の技術が使用されている事が確認された。
財団エージェントを殺して技術を奪ったのか、それとも内通者がいるのか。専門のチームによって素性の調査がされていたが、一切の情報を発見することができなかった。
記憶を無くしているというのもスパイを送り込む際の常套手段だが、記憶の再生も失敗に終わった様だ。記憶の喪失という点では財団の調査、それも諸知がしたのならば疑う余地は無い。

それでも雇用されたというのは出自よりも技能を優先する財団らしい判断だが、俺は信用できる人間以外と仕事をする気にはならない。さらに内部調査を行う俺達にとっちゃ仕事を増やされる以外の何モノでもない。


先日、合同任務に駆り出された時の事だ。
「収容作戦に参加とは珍しいねぇ、差前サン」
いつの間にか、黒尽くめの男が背後に佇んでいた。輪郭がはっきりとしない黒の中に、ニタリと笑う白い歯だけが浮かんで見える。他人を驚かすのが趣味の変態だという話は聞いていたが、こうも人間離れした風貌だとそれだけで生理的な嫌悪感さえ抱く。
「その気持ち悪いニヤニヤを止めろ」
「ヒドイなぁ、オレもしたくてしてるんじゃないんですぜ」
ピエロのようにワザとらしく戯けたグネグネと蠢く動作からは到底本当の事だとは思えない。
「この顔がどうなっているかご存じで?」
伸びた両腕が逃すまいと俺の肩を捕まえ、ぐい と顔を近づけられた。そしてそのまま、どこから出てきたのか3つ目の腕で自身のマスクを捲り取った。

 
曝け出された"貌"には見覚えがあった。刻んだ痕、刺し抉った痕、捩込んだ痕、切り裂いた痕、引き千切った痕。もはや顔の形は無く、熟した柘榴の果実を思わせた。笑顔に見えた口元は引き裂かれた顔面が歪に癒着して出来ていた。

全て、俺の"やり方"で付けられた傷だった。
目玉を抉り出す器具の固定跡や、利き手方向から付けられた傷など、自分自身が何度も見たものだ。
 

暫く放心していたが、差前さんもやられたか、珍しいものが観れた、と周りの同僚たちが笑い飛ばす声で気が付いた。
「オレの顔見た奴は大体吐くんだけど、流石はベテランエージェントというか、場数踏んでるだけあるねェ」
これまたいつの間にかマスクを付け直したその男は、平然と言ってのけた。益々苛つく奴だ。
周囲がひとしきり笑い、また持ち場へと戻り始めたタイミングで、奴は耳打ちをしてきた。
「それより面白い反応をしたねェ」
男は急に声のトーンを落とした。今までに無く冷たく、憎悪とイタズラ笑いの混ざった声だった。
「驚いたのには変わりねえが "何かを見つけた"、そんな顔をしてたぜ」
 

「もしかして同じモノを見たことがあるんじゃないのか?」

 
「忘れろ」
奴の側頭部へ、持っていたスーツケースを勢いをつけて叩き込んだ。
その巨体が頭から倒れこむ様子を見て、周囲は再び笑っていた。起き上がった男はさっき自分が仕出かしたことを忘れ、もう一度顔を見せようとしてきたので、俺も同じように二発目をブチ込んだ。


共同墓地の外れに埋めた、大き目の石が置かれただけのそれは墓とは呼べないものだが、自分にだけ判れば目印はなんでも良かった。誰が植えたのか、一面に咲いた黒いユリの花は人間のそれに似た腐臭を放っていた。

過去、俺が仕事で処分した奴の中に特徴が一致する奴がいる。性格や容姿は全くと言っていいほどの別人だが、財団所属のエージェントであり、特製の義手を着けていた。四肢とも欠損したのは"事後"だが、拷問の痕跡すら一致しているとなると疑わずには居られない。勿論、一番信じたく無いのは俺自身だ。今まで"失敗"したことなど無いし、俺自らが止めを刺し死んだことを確認してここに捨てたはずだった。

俺は持ってきたスコップを握りしめ、花を薙ぎ、土を掘り返し始めた。もし、ここにあの遺体が無かったら。

俺よ、何をそんなに焦っているんだ。奴には記憶が無い。それは証明されたはずだ。
例え正体をバラされようが、関係無い。味方はいくらでもいる。隠滅や収拾など容易い。
ならば、何故。初めての"失敗"だからか? 復讐が怖いからか?

気持ちの整理が付く前に、スコップは朽ち掛けの棺桶にぶつかった。
土が入り込んだ中身にスコップを突き刺すも、蓋に当たった時と同じ感触が手の平に伝わってきた。

上がった息を整えながら状況を整理する。じんわりと嫌な汗が頬を伝う。

いや、まだだ。まだ俺の憶測に過ぎない。
仮にそうだったとしても奴は記憶も、俺へ辿り着く手掛かりも持っていない     

 
「覚えてるぞ」
 

耳元で不意に聞こえた声に振り返ったが、どこにも姿は無かった。

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